人間が参加する研究では、 セックスの分析に加えて、潜在的要因かつ変化因子としてのジェンダー の役割を考慮すべきである(Tannenbaum et al., 2016; Clayton, 2016; Clayton & Tannenbaum, 2016; Tannenbaum et al., 2019)。ジェンダー規範やジェンダー・アイデンティティー、ジェンダー関係は、社会的相互作用やコミュニケーション、資源へのアクセス、対処戦略に影響を与える。これらの要因は、患者が研究への参加を申し出るかどうか、実施会場にたどり着けるかどうか、症状の示し方、医師の対応の仕方などに影響を与える可能性がある。ジェンダーは、患者に提供される治療法およびその治療法に対する長期的な反応に影響を与える可能性がある(Oertelt-Prigione and Regitz-Zagrosek, 2012; Schenck-Gustaffson, 2012)。また、調査アンケートや問診票の質問にジェンダー・バイアスがかかっている可能性もある。ジェンダーは保健に関する社会的決定要因であり、それゆえに健康格差の原因でもある(Dahlgren & Whitehead, 1991)。保健および生物医学におけるセックス・ジェンダー要因に関しては、研究者が十分な文献検索をできるよう支援するリソースがある(Moerman et al., 2009, Oertelt-Prigione et al., 2010)。
研究対象の特定と仮説の設定- ジェンダー とは、ジェンダー規範、ジェンダー・アイデンティティー、ジェンダー関係などを含む多元的な概念である(Nielsen et al. ,近日発表)。ジェンダー規範は、家庭や職場などの社会制度や、テクノロジーやソーシャルメディアなどの文化的産物を通じて生み出される、話し言葉や暗黙のルールで構成されている。ジェンダー・アイデンティティーとは、個人や集団が、ジェンダー規範との関係において、自分自身をどのように認識し、どのように表現するかということを意味する。ジェンダー関係とは、特定の社会文化的状況において、個人が他の人々や制度とどのように相互作用するかを意味する。保健分野では、これらのすべてが該当する可能性があるが、特定の課題に対して、ひとつの側面の関連性が特に強いことがよくある。
-
研究者はまず、自分たちの仕事に最も関連しているジェンダーの側面はどれかを特定し、関連するその他のものを見極める方法を選択する必要がある。近年では、ふたつ以上の側面を組み合わせる方法も開発されている(Tate, et al., 2014; Pelletier, et al., 2015; Nielsen et al., 近日発表)。現在利用可能なツールには、互いに重なり合う部分があるため、研究者は十分な情報に基づいて選択する必要がある。ひとつの側面を深く調べるツールの方が、差異が少なくなりがちな包括的なツールよりも、適している場合もある。また、インターセクショナリティーも重要である。研究課題によっては、民族や社会経済的状況など、セックスやジェンダーと交差する要素も考慮する必要がある。
- 参加者のジェンダー・アイデンティティー: 多様なジェンダー・アイデンティティーが存在し、時代とともに変わってきている。研究者は、包摂性と実用性のバランスを取る必要がある。6つとか7つのカテゴリーよりも、3つのカテゴリー(男性、女性、ノンバイナリーまたは多様な性)の方が分析に適している場合がある。ただし、その選択が、一部の参加者を排除することになるおそれもある。研究者は、ステレオタイプや差別を避けながら、多様な性のグループを試験に含めるか否か、またそのグループをどのように特定するかを、時間をかけて見極める必要がある。また、調査対象者や、現代的なジェンダー概念を反映した設問に対する抵抗感へも配慮が必要である。どのようなグループに、どのようなアンケートを使用すればよいか?新しい方法を採用する場合やある程度の抵抗感がみられそうな場合は、対象グループで大規模なパイロットテストを行うことが望ましい。
- ジェンダー規範とジェンダー関係:研究のやり方を検討する際には、ジェンダーに関わる規範やふるまいの動的な性質を考慮する必要がある。ジェンダーに関わる規範や行動は時代とともに、社会・文化的背景の影響を受けて変化する。都会に住むゲイの黒人男性の体験と、田舎に住むストレートのアジア人女性の体験は異なる。しかし、この両者のジェンダーに関する実態は、この20年で変化している。このことは研究に関連する可能性があるか?また、研究者はこれを説明することができるか?
- 研究者のジェンダー・アイデンティティーと規範: 研究者のジェンダー・アイデンティティーと彼らが経験するジェンダー規範も要素のひとつとなり得る。参加者と研究者との間の相互作用には、ジェンダー規範とジェンダー関係がある。参加者のみのデータ収集では、調査の機会が制限される可能性がある。
-
ジェンダーの研究課題への影響は、量的、質的、またはそれらを組み合わせた研究手法で調べることができる。量的調査は、高度に標準化された、異なる研究間で比較可能なデータを提供する。動機、状況要因や状況ごとの経験、現実についての深い見識が必要な場合は、質的調査がより適している。質的調査は、量的調査を補完し、外れ値や欠損データについての理解、特定のサブグループにおける量的ツールの有効性の検討に役立つ。特に、これまで健康上のニーズがほとんど無視されてきた多様な性の人々のグループを調査する場合、質的研究や混合的手法のデザインの方が適している可能性がある。
- ジェンダー用語の説明: 参加者はジェンダーという概念に馴染みがなく、用語の使い方に疑問を持つ可能性がある。なぜジェンダーが研究要素なのかを説明すると良いだろう。
統計解析における基本的な必要条件は、解析の有効性を保証する、十分に大きなサンプルと適切な数の結果を用意することである。研究者は、結果の分布を考慮し、結果がジェンダー間で均等に分布していない場合は、オーバーサンプリングによる不均衡データの調整を検討する必要がある。具体的には、多様な性の被験者の参加数が少ないと、このサブグループの分析に影響を及ぼす。結果として、このグループの人たちは、しばしば外れ値として扱われ、分析から除外されてしまう。彼らの経験に関する情報を意味のある形で取り入れる方法を事前に検討する必要がある。- 複数のツール:ジェンダーの異なる側面(アイデンティティー、規範、関係)についての検討に複数のツールを用いる場合、分析ではこれらの重み付けをしなければならない。ツールの選択は、変数が名義変数であるか連続変数であるかにも影響する。生物医学で従来から使われている多くの手法は二群に分けられる結果を想定しているため、これは実施する解析のタイプに影響を与えるだろう。これは、集計スコアを用いる場合にも適用される。分析の階層的順序は、潜在的なバイアス因子が入りこまないように、前もって設定する必要がある。
セックスとジェンダーの相互作用: 人間を対象とした場合、セックスとジェンダーが相互作用する可能性が予想される。この相互作用は分析に含まれるのか?わかりやすく分析できるのか?セックスとジェンダーの相互作用に加えて、ジェンダーと交差する他の要素も分析に含める必要があるかもしれない。多くの場合、ジェンダーは、なぜそのような結果になったのかを説明すると同時に、他の因子にも影響を与えている。にもかかわらず、ほとんどの研究では、相関性への言及はあっても、因果性は認められていない。ジェンダーと他の要素の構造的相互作用、すなわち、仕事、教育、障害/能力、民族を考慮すべきであり、分析にはこれらがどのように考慮されたかが反映される必要がある。このため、分析デザインは、相互作用する要素を組み込むための複数の階層化から、複雑な階乗まで、さまざまなものが考えられる。質的データ: 質的なデータ分析は、研究デザインと研究目的に基づく考察や検証に有効である。ジェンダーは、あらゆる研究の文脈において関連因子として考慮する必要がある。ジェンダーが個人対個人の関係性に影響することだけでなく、年齢、階級、社会経済的状況などとどのように相互作用するかを考えることが重要である。質的な分析において、集団の多数派に同調しない個人を特定することが、ジェンダー規範やジェンダー関係をよりよく理解するのに役立つことは多い。このような側面は、ジェンダー化された言語や話題など、内在的な要素について考察することでも特定できる。参加者や患者が自分の症状や経験をどのように表現するかは、ジェンダー規範によって異なる可能性があり、診断や治療の選択肢にも影響を与える。
混合研究法: 質的アプローチの後に量的アプローチを行う研究デザインでは、質的分析により、量的調査にどのジェンダー変数を含めるかを特定することができる。量的調査から得られた知見を分析するために質的アプローチを用いる研究デザインは、観察された統計的差異の要因についてより深く理解することを目的とする。例えば、子どもをもつ女性で、パートナーがいるか独身かで健康状態が異なることが量的調査で明らかになった場合、その違いが「パートナーとの関係」のどの側面から説明できるのかを、質的分析によって明らかにすることができる。
その他の分析:言語、ジェンダー化された非言語的なボディーランゲージ、声のトーン、相互作用の分析。特に質的方法でジェンダーを分析する場合には、社会科学的な視点が役立つ。
二次データの解析: 世界各国でのコホート研究の数の増加により、ジェンダーに関連する変数を事後解析できるようになってきた。研究計画段階で戦略的にジェンダー変数を含めることに比べれば限定的ではあるが、それでも追跡調査のデザインに役立つパイロットデータを得ることができる。コホート研究における既存の変数に基づく代理変数(プロキシ)については、いくつかの選択肢が示されており(Pelletier, 2015; Nielsen、近日発表)、さらに多くの選択肢の検討が進められている。最も基本的な指標項目として、学歴、職業、個人または世帯の収入などが用いられている。しかし、ケアの責任とその時期、役割に沿った行動、ストレス、不安、抑うつなどを含む、より複雑な指標も提案されている。
成果の報告と周知
報告のフォーマット: 助成機関や査読付き学術誌の中には、セックスに加えてジェンダー要素について報告するよう求めているところもあるが(「政策提言」を参照)、ジェンダー要素の報告の規格はまだない。報告には、再現性を裏づけるのに十分な情報を含める必要がある。研究者は、論文出版に際しては「研究におけるセックスとジェンダーの平等性(SAGER)ガイドライン」(Heidari et al., 2016)、臨床試験の報告の場合はPRISMAおよびCONSORT公正ガイドライン(Welch et al., 2016; Welch et al., 2017)に目を通す必要がある。後者は、セックスとの交差因子について報告する形式になっており、ジェンダーにも適用できる。 Null結果の報告:メタ分析の際の重要な留意事項である出版バイアス(公表バイアスともいう)を減らすため、分析でジェンダーによる差(主効果または交互作用効果)が検出されなかった場合にも、研究者はそれを報告すべきである(IOM, 2012)。多様な性の人々のサンプリングに不均衡がある場合、対象グループが全体のうちの小規模のサブグループになってしまうために、包括的な統計的検出ができない可能性がある。このような場合には、将来プール解析を行う可能性を考慮して、記述統計を示す必要がある。
ツールの選択: |
|
ツールの応用: |
|
研究のタイプ: |
|
研究計画: |
|
分析: |
|
報告: |
|
参考文献
Clayton, J. A. (2016). Studying both sexes: a guiding principle for biomedicine. FASEB J., 30, 519–524.
Clayton, J. A., & Tannenbaum, C. (2016). Reporting sex, gender, or both in clinical research? JAMA, 316(18), 1863-1864. Dahlgren, G., & Whitehead, M. (1991). Policies and Strategies to Promote Social Equity in Health. Stockholm: Institute for Futures Studies. Heidari, S., Babor, T. F., De Castro, P., Tort, S., & Curno, M. (2016). Sex and gender equity in research: rationale for the SAGER guidelines and recommended use. Research Integrity and Peer Review, 1(1), 2. Institute of Medicine (IOM). (2010). Women’s Health Research: Progress, Pitfalls, and Promise. Washington, D.C.: National Academies Press. Moerman, C., Deurenberg, R., & Haafkens, J. (2009). Locating sex-specific evidence on clinical questions in MEDLINE: a search filter for use on OvidSP. BioMed Central Medicine Medical Research Methodology, 9(1), 25. Nielsen, M. W., Peragine, D., Neilands, T. B., Stefanick, M. L., Ioannidis, J. P. A., Pilote, L., Prochaska, J. J., Cullen, M. R., Einstein, G., Kling, I. LeBlanc, H., Paik, H. Y., Ristvedt, S., Schiebinger, L. (forthcoming). Gender-related variables for health research. Oertelt-Prigione, S., Parol, R., Krohn, S., Preissner, R., & Regitz-Zagrosek, V. (2010). Analysis of sex and gender-specific research reveals a common increase in publications and marked differences between disciplines. BioMed Central Medicine, 8, 70-80. Oertelt-Prigione, S.& Regitz-Zagrosek, V. (Eds.) (2012). Sex and Gender Aspects in Clinical Medicine. London: Springer Verlag. Pelletier, R., Ditto, B., & Pilote, L. (2015). A composite measure of gender and its association with risk factors in patients with premature acute coronary syndrome. Psychosomatic medicine, 77(5), 517-526. Schenck-Gustafsson, K., DeCola, P., Pfaff, D. & Pisetkey, D. (Eds.) (2012). Handbook of Clinical Gender Medicine. Basel: Karger. Tate, C. C., Youssef, C. P., & Bettergarcia, J. N. (2014). Integrating the study of transgender spectrum and cisgender experiences of self-categorization from a personality perspective. Review of General Psychology, 18(4), 302-312. Tannenbaum, C., Schwarz, J. M., Clayton, J. A., de Vries, G. J., & Sullivan, C. (2016). Evaluating sex as a biological variable in preclinical research: the devil in the details. Biology of sex differences, 7(1), 13. Tannenbaum, C., Ellis, R. P., Eyssel, F., Zou, J., & Schiebinger, L. (2019). Sex and gender analysis improves science and engineering. Nature, 575(7781), 137-146. Welch, V., Petticrew, M., Petkovic, J., Moher, D., Waters, E., White, H., ... & PRISMA-Equity Bellagio group. (2016). Extending the PRISMA statement to equity-focused systematic reviews (PRISMA-E 2012): explanation and elaboration. Journal of Development Effectiveness, 8(2), 287-324. Welch, V. A., Norheim, O. F., Jull, J., Cookson, R., Sommerfelt, H., & Tugwell, P. (2017). CONSORT-Equity 2017 extension and elaboration for better reporting of health equity in randomised trials. British Medical Journal, 359. doi: https://doi.org/10.1136/bmj.j5085